ウロボロス観測所

主に悟りについて哲学的、社会学的な考察(のバックアップ)

結論 まとめ

結論 まとめ

 

1 「物理現象としての悟り」とは副鼻腔理想解放状態(Condition of Ideal Free Sinus=CoIFS,コイフス)の維持である。またそれは東洋的修行法で言われるチャクラや上丹田の開発を指したものであった。そしてそれは相矛盾した事象の共存を許容する認識や行動をその個人もたらすと考えられる。またそうした性質ゆえに言語構造(特に自然言語)の欠陥と相まって長きにわたり満足できる説明がなされてこなかった。

 と同時にその個人は生物学的、社会学的に一個人であることは変わらず、食欲、性欲、睡眠欲なども併存し、そういったものが滅却するわけではない。そこは教典類に残されているとおり、そうしたものにとらわれることがなくなるのである。そこに従来の伝統的解釈の誤解がある。

 

2 副鼻腔理想解放状態は段階やサイクルがある。それらは悟りの段階として説明されてきたことと共通するものが多い。また仏教に限らず神の啓示や神秘体験、インスピレーションと呼ばれる現象との共通点もある。

 

3 初期仏教では釈迦をはじめ「物理現象としての悟り」を得た者はあったものの、覚者の出現確率が低すぎた。そのため仏教教団が成立、発展する過程で「物理現象としての悟り」が「宗教装置としての悟り」に変質、形骸化し、分派していった。ただし時折、覚者と思われる者も現れている。だが、それも教典を基礎とする仏教全体の再構築、脱構築までには至らなかった。

 

4 釈迦の悟りは理論的には信仰の有無とは独立した物理学的、生理学的現象である。そしてあまたの仏教教団の運営維持は他の宗教と同じく教義(言語モデル)と信仰(暗示)に依存している。こうした仏教集団のあり方は仏教本来の目的であった悟りの本質とは関係が薄くなっていると考えられる。また同時に教団には逆に悟りの解明や覚者の出現を阻もうする社会的メカニズムが内在している。


5 悟りの論理モデルは宇宙と個体との統合であるが、宇宙と個人をつなぐのは意識であると推測される以上、悟りの論理モデルを成立させるためにはアルケー「ゼロ」論と万有意識論が必要と予想される。またこの二つの論理を持ってすれば従来、難解とされた宗教の根幹教義を読み解くことができる。


6 啓示宗教の神とは教義(言語)から生成される意識空間であると考えられる。

 

7 人間をはじめとする主体には、原則としてその主体の根源を認識できないという「認知のウロボロス的限界」が存在している。そして例外的にその限界を超える現象が悟りや啓示と呼ばれる現象であり、副鼻腔理想解放状態であると考えられる。またその認識から無(無を司る何か)を万物の根源と考えたと推察される。

 

8 「物理現象としてしての悟り」は副鼻腔理想解放状態の維持であるため、伝統的に行われてきた従来の教典の学習や修行ではほとんど効果を期待できない。副鼻腔に対し物理的にアプローチする方法が個人的には有効であったもののサンプルとしては極めて少なく長い年月をかけた追試が必要である。結局、副鼻腔理想解放状態を得られるかどうかは現状の自然に近い状態では運の要素が大きいと思われる。ただしより解明が進み、悟りの物理構造(それはすなわち副鼻腔理想解放状態の構造)が明らかになれば、いずれは外科手術的なアプローチをはじめとして人工的な手段で比較的簡単に悟りが得られる時代が来るかもしれない。